海難1890の映画を見るにあたって親日国トルコとの友情は?

sub5_t_large

海難1890は12月5日から公開されますが、このストーリーは、エルトゥールル号遭難事件、

そして、この恩義を返すために、イラン・イラク戦争で脱出できなくなった日本人を、

トルコ政府が自国民の救出とともに、日本人も助けてくれたというストーリーがありますが、

更に、歴史的な背景として、日露戦争なども関係し、親日国になった経緯がありますので、映画を見る前に知ってほしい情報などをまとめたいと思います。

海難1890の2つの事件をまとめると・・・

海難1890では、エルトゥールル号遭難事件、イラン・イラク戦争が問題になりますが、まず、エルトゥールル号遭難事件について。

エルトゥールル号遭難事件は、当時のトルコのオスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が1890年に沈没をし、沈没をした場所が、和歌山県串本町沖だったのですが、

そこで、その地元住民が総出で救出にあたり、乗員600人以上いた中で、69人を救出(残りの500名以上は死亡、又は、行方不明)しました。

この一件で、トルコは非常にに遠い国であった、日本に対して、好印象を持つきっかけになったと言われています。

そして、次に、イラン・イラク戦争に行きたいところですが、日露戦争もトルコに親日になる要因になったと言われていますので、日露戦争と、トルコの関係性も非常に重要です。

最近の事件として、ロシア機墜落事件などが起こっていて、トルコとロシアは緊張関係にありますが、トルコとロシアが仲が悪いのは、隣国であり、度重なる戦争をしていて遠い昔から現在も続いています。

ですので、、トルコは大国であるロシアにいつもやられていて、ロシア人に対して、良い印象を持っていません。

そんな大嫌いなロシアを、日露戦争では日本が勝ちに等しい引き分けをしてくれたので、日本やるじゃんということになるわけです。

当時のロシアの最強艦隊であるバルチック艦隊を破ったことから、司令長官の東郷平八郎をの尊敬の念を込めて、トーゴー通りなんかが出来るほど、影響力がありました。

もともと、トルコ建国の父のアタチュルクが日本を好きだったことが親日になったきっかけなど言われることはありますが、日露戦争が親日になった一つのきっかけになったことは間違いありません。
スポンサードリンク

イラン・イラク戦争では、日本国民は本当にトルコ人に救われた!!

main2_t_large

イラン・イラク戦争では、当時のイラクのフセイン大統領が、イラン上空に飛ぶ飛行機の無差別攻撃を発表し、48時間の猶予を設け、

その間に日本人はイランを脱出しなければならなくなったが、当時の日本の法律では、海外の日本人を救出するために自衛隊を派遣することは出来なかった。

そこで、隣国であったトルコに日本人を救出してくれないかと依頼をして、トルコ政府も普通なら、自国民の避難を優先させるが、日本人をトルコ人同様に避難させてくれたことで、日本国民が救われることになった。

これらのことが、日本とトルコの友情につながり、現在親日国として、日本を一番好きであると言ってくれる人が多い国、それがトルコである。

本当に感動的な話であるが、日本人でこの友情を知らない人は以外にも多い。

だからこそ、これらの歴史的背景を踏まえて、かつての日本人は素晴らしかったこと、そして、過去に日本がしたことに対して、その恩義を感じ、日本人を救出してくれたトルコを知る大きなチャンスの映画が海難1890ですので、

是非、映画観で視聴して欲しいと思います。

スポンサードリンク

コメントを残す